
ごあいさつ
ようこそ、山根悟です。
皆様、街のあちらこちらに「カイロプラクティック」の看板を見かけませんか。結構、多いのではないでしょうか。なぜなら、日本は先進国の中で唯一、カイロプラクティック免許が存在していないからです。極端な話、「明日からオレも」と開院できる世界なのです。
そこで、皆様に求められることは、野球で言うところの選球眼です。
わたしは新宿区四谷で1989年より2011年2月まで22年間、『山根カイロプラクティック研究所』で診療してまいりました。そして心機一転、この汐留の地・セントラルクリニックに診療の場を移したのです。そのきっかけは、セントラルクリニックの理事長・渡邊美隆先生との出会いでした。7年前に初めてお会いし、保健・医療・福祉に関する考え、その志にいたく感銘しました。その思いと真のカイロプラクティックを皆様に提供したいという願いが結実し、今般セントラルクリニックで診療することになったのです。これまでとは違い、最新医療器材を備えた総合クリニックとのジョイントで、皆様のご要望に広くお応え出来ると確信しています。それぞれの科の専門ドクターとの連携がなにより心強いことになります。
皆様、街のあちらこちらに「カイロプラクティック」の看板を見かけませんか。結構、多いのではないでしょうか。なぜなら、日本は先進国の中で唯一、カイロプラクティック免許が存在していないからです。極端な話、「明日からオレも」と開院できる世界なのです。
そこで、皆様に求められることは、野球で言うところの選球眼です。
わたしは新宿区四谷で1989年より2011年2月まで22年間、『山根カイロプラクティック研究所』で診療してまいりました。そして心機一転、この汐留の地・セントラルクリニックに診療の場を移したのです。そのきっかけは、セントラルクリニックの理事長・渡邊美隆先生との出会いでした。7年前に初めてお会いし、保健・医療・福祉に関する考え、その志にいたく感銘しました。その思いと真のカイロプラクティックを皆様に提供したいという願いが結実し、今般セントラルクリニックで診療することになったのです。これまでとは違い、最新医療器材を備えた総合クリニックとのジョイントで、皆様のご要望に広くお応え出来ると確信しています。それぞれの科の専門ドクターとの連携がなにより心強いことになります。
思えば、麗澤大学(千葉県)卒業後渡米して、ナショナルカイロプラクティック大学(イリノイ州シカゴ)でドクター・オブ・カイロプラクティックの称号を取得したのが1986年でした。そして帰国後、花田学園(東京都渋谷)で鍼灸・あんまマッサージ指圧師免許を取得して以来、自ら開院して真のカイロプラクティックを探求し続けて、今日まで休むことなく、一歩一歩、ゆっくりですが足元を見つめながら歩んできました。それは、皆様にカイロプラクティックへの正しい認識と体感をしていただきたいからです。
どうぞ、お気軽にセントラルカイロプラクティックにおいでください。そして、何でもご相談ください。いつでもドアを開けて皆様をお待ちしております。









